名所と名所のあいだ——17年ぶりのパリで考えた、回遊性と15分都市
この記事の要点
株式会社Michele 代表取締役の山田大典が、17年ぶりに訪れたパリの街歩きから、都市の回遊性と「15分都市」の考え方を整理した論考である。
都市の印象を決めるのは名所の数ではなく、名所と名所の「あいだ」にある道・店・休める場所である。
日本で拠点施設や歩行者空間を計画するときは、計画に入る前にその周囲を徒歩15分の範囲で実際に歩き、立ち寄り先・休憩場所・横断のしやすさを数えることを勧めたい。
名所ではなく、名所と名所の「あいだ」が都市の印象を決める
17年ぶりにパリを訪れた。ルーヴル、ノートルダム、モンマルトル、凱旋門。名所の素晴らしさはもちろんだが、今回あらためて魅力を感じたのは、そのあいだにある時間だった。
次の目的地へ歩く途中に、立ち寄りたくなる店やカフェがある。歴史的な建物の中で、今も商売が営まれ、人が暮らしている。「ボンジュール」と挨拶すると、親しみをもって応じてくれる。そうしたやりとりも、街を好きになる理由になった。
王朝やナポレオンの時代を感じさせる建築、美術館に集まる世界の作品、料理やブランド。その蓄積を、街歩きの中で楽しめる。歴史の厚みは、建物の古さだけでなく、それが今も使われていることから生まれるのだと思う。
都市計画の言葉にすれば、回遊性の話である。そして回遊性は、目的地の魅力の合計ではなく、目的地と目的地のあいだに何が置かれているかで決まる。
歩いて15分のまとまりと、それをつなぐ公共交通
歩きやすさにも発見があった。
目的地を調べると、徒歩25分、バス25分、タクシー20分、という場面がある。歩くには少し遠いが、乗り物でも大して早くならない。この距離帯は、どの都市でもいちばん設計が難しい。
一方、モンマルトルやルーヴル周辺など、それぞれのエリアの中では、15分ほど歩く範囲に楽しめる場所がまとまっている。別のエリアへ移るには、バスや地下鉄が便利だ。エリア内を歩く楽しさと、エリア間をつなぐ公共交通。この組み合わせがよかった。
これは偶然ではない。ソルボンヌ大学のカルロス・モレノが2016年に提唱した「15分都市(ville du quart d’heure)」は、2020年の市長選でアンヌ・イダルゴ市長が公約の柱に据え、以後パリの都市政策の軸になっている。生活に必要なものが徒歩や自転車で15分以内にあり、それを超える移動は公共交通が担う、という考え方である。
その実装は地味で、継続的だ。パリ市は学校前の道路から車を締め出す「rues aux écoles」を進め、2025年9月の新学期時点で300本を超えた。校庭をアスファルトから緑地に変える「cours Oasis」は130校以上で実施されている。大きな新規開発ではなく、既にある道と敷地の使い方を変える施策である。
歴史的景観は、保存の結果ではなく更新の結果である
もちろん、パリは昔の姿がそのまま残った街ではない。
19世紀のオスマンによる都市改造では、道路や建物、公園、上下水道が大規模に整備された。今日われわれが「歴史的」と呼ぶ景観は、かつての大胆な更新の結果である。
この順序は、日本で景観や中心市街地の議論をするときに、しばしば忘れられる。保存か開発か、という二項対立ではない。つくられた街をどう使い、どこを直し、何を残すか。その更新の積み重ねが、数十年後の「歴史」になる。パリが今も学校周辺の歩行者化や校庭の緑化を続けているのは、その骨格の上での次の更新である。
観光の集中は、受け入れる側の設計の問題でもある
他方で、観光の集中には戸惑いもあった。
以前は並ばずに入れた記憶のある大聖堂で、今回は30分ほど待った。訪問日時や入場管理の違いもあるだろう。それ以上に気になったのは、祈る人のすぐ横を、自分たち観光客が見学していくことだった。
自分も建築や歴史を楽しみながら、誰かの静かな時間を邪魔していないだろうかと思う。その場所の営みを守るためなら、撮影や見学範囲の制限、予約や人数制限は受け入れたい。維持管理を支える見学料や寄付にも意味を感じる。
景観も同じだ。旅行者として美しい街並みを楽しむ一方、住むなら、空調を含めた快適さも必要になる。保存や改修の負担を、住民だけに求めるのは無理がある。観光収益を、建物の維持、清掃、公共交通、トイレ、そして地域の店や住民が残り続けるために戻していく。混雑対策は、訪問者を減らす話であると同時に、受け入れる側の配分の設計の話でもある。
歩いて行ける範囲に、安く休める場所があるかどうかも効く。今回買ったクロワッサンは6ユーロ、マクドナルドのコーヒーは3.5ユーロだった。店にたどり着けることと、そこで気軽に休めることは、別の要件である。日本の中心市街地でも、座れる場所がチェーン店しかない、という状況はよく見る。
日本の都市・地域の仕事に、どう持ち帰るか
スマートシティや地域活性化の仕事でも、この「あいだ」を見ていきたいと考えている。具体的には、次の3つである。
施設の計画に入る前に、その周囲を徒歩15分の範囲で歩く。途中に立ち寄れる店や休める場所はあるか。入口や営業時間は分かるか。横断しづらい道路が、近くの場所を遠くしていないか。
回遊性の指標を「来訪者数」ではなく「1人あたりの立ち寄り箇所数」で置く。来訪者数は増えても、通過されているだけのことがある。人流データで増加を捉えたら、途中の店への立ち寄りと、住民の移動への影響を併せて確かめる。
歩行者空間を広げるときは、歩く人の快適さと、配送・通院のしやすさを同時に測る。片方だけを測った施策は、数年後に戻される。
数字と人の声の両方を手がかりに、調整を重ねるために技術を使う。計画を正しく当てるためではなく、外れたときに早く気づいて直すために使う、という順序である。
施設の前に、まず「あいだ」を歩く
名所と名所のあいだには、道やカフェがある。そして、店を開け、建物を手入れし、暮らし、祈る人たちがいる。パリで自分が楽しんだ時間は、その営みに支えられていた。
新しい施設や新しい仕組みを計画する前に、まず、その「あいだ」を歩いてみたい。日本で都市や地域の仕事に関わるときにも、そこから始めたいと思っている。
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講演・研修のご依頼について
株式会社Micheleでは、スマートシティ・地域活性化・AI/DXをテーマにした講演・研修、および自治体・企業の構想策定から実装・定着までの伴走を承っています。山田大典は東京大学大学院情報学環 越塚研究室 客員研究員、神戸市スマートシティアドバイザーを務めています。
